【meat.Again】

nagAsuraによる執筆&オンラインゲームの日記。

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行って来る

2011/04/27 15:02
皆さん、明日はお待ちかねのアップデートですよ!

そこで普段お世話になっている人にお知らせがあります。

dou.jpg



……。


はい。
地元です。

葬儀があるそうです。

二度と帰るまいと思っていましたが、悲しいかなこれも義務。

血には逆らえない様です。


俺の代わりと行っては何ですが楽しんでくださいねw



この後は気分を害す可能性があるので追記にします。

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人間という機械

2011/09/01 23:05
少し、くだらない話をしよう。




俺にとって、『死』とは身近なものだ。

母親からは産れた時も臍の緒が巻き付いた状態で出てきて
窒息死する所だったのだと聞いた。
未熟児というわけではなく、むしろそれ以外は平均よりは大きめの新生児だったらしい。

1年後、俺は今ではおぼろげにしか記憶に残っていない旧実家のトイレで、
人知れず死にそうになっていたらしい。

あまり綺麗な話ではないが、皆はボットン便所というものを知っているだろうか。
落下式便所ともいう。

俺は、落下寸前で発見された。
たかが落ちたくらいで、と馬鹿にできたものではない。
小さく、知恵も無い物にとってその穴は奈落そのものだ。

3歳になった。
家族と親戚を乗せた車は峠にあるラーメン屋の駐車場にあった。
親戚との団欒を楽しむ両親を他所に、俺はトンボを追いかけて山に入り
当然の如く遭難していた。

幼稚園、痛がる俺に父親は笑いながら俺の両足の骨を折った。
あの時俺は、父親とは相容れない存在であり、憎悪の対象なのだと知った。
また、父親も俺を憎んでいる事も。

そして、それは間違いではなかった。
父親は執拗に守るべき家族に対して苦しみを与え始めた。
理由も無く『反省しろ』とぶち込まれた狭く真っ暗な地下倉庫で数日過ごす内に、
俺は暗闇こそが自分の居場所なのだと知った。

『家族』は俺の居場所ではなかった。

怖いとか辛いとかいうよりも、
人々が笑いあう光のある場所は自分には相応しくないものであり、

本来存在を許されないものや不要なものが捨て置かれた
暗闇だけが自分が存在していい場所なのだと。

自分にはここしかないのだと強く自分に言い聞かせることで、
自分の心を守っていたのかもしれない。

いや、この時から既に俺は壊れていたのかもしれない。
今思えば、俺は不思議なくらいに静かな少年だった。
たとえ何があっても
『自分が我慢しきれば何とかなる』のだという歪んだ価値観をもっていた。
当然我慢している間に何があろうとも関係ない、
それで死んだとしても筋を通した結果だから仕方ない。


俺は死というものをこの時期軽んじていた。
少なくとも、自分の意地よりは軽いものだと思っていたのだ。
それが間違いだと気付かされたのは
小学校3年の頃。

夏だ。
同級生に劣り、1年生と小さなプールで泳がされていた俺は
水が怖かった。
母親が幼少の頃に受けた水攻めの話を聞いた事も関係していたのだろう。
そんな時、ついに父親は俺を海に投げ捨てた。

お互い、我慢の限界だったのだろう。
憎むほどに嫌いな存在が日常的に近くにいれば、
排除・あるいは屈服させたくなるのはごく自然なことだ。

まともに泳ぐ事のできない俺は、苦しみながら足掻く体力も気力もなくなり死ぬ筈だった。
この時、我慢して生きるよりは死んだほうが楽でいいのだと自分の信念を捨てた。

詳細は長くなるので省くが、
この時俺を心身共に救ってくれた女性がいた。
既に心が死んでいた俺は、その人の語った信念を当然のように受け入れた。

それで本当に救われたのかは、まだわからない。

1年後の小学校4年の冬。
彼女から与えられた、反骨心と『楽しむ』という義務感を手に入れた俺は
それなりに人間らしく生きていた。

夏に行った地元の山の秘密場所を幼馴染2人と一緒に行った俺は
当たり前だが遭難していた。
準備も計画も無く、季節の変化で様相も変わっている山に入ったのだ。
当然の結果だ。

幸い、幼馴染の少年の妹が俺達が山に入ったのを知っていた事で
救助隊が駆けつけた。

安堵から幼馴染の少女が泣いていた。
俺は「いやーいい経験したなぁ」等とかなり最悪な感覚でこの場に立っていた。

罰が当たったのだろう。
俺は救助隊と母親が見守る目の前で、
高さ25mはある断崖で足を滑らせた。
咄嗟に掴んだ蔦が切れた瞬間に意識を失い。

気が付けば母親が俺を背負って走っていた。
「お母さん、背中が赤いよ!!」
俺は驚きながら言った。
「お前の血だよ!馬鹿!」
更に驚く事を言われてしまった。

痛みよりも身体が熱い方が気になった。
意識が薄い中、病院の大きな鏡で自分を見た。

そこに映っていた血だらけで不適に笑う悪魔の姿は今でも忘れない。
頭部を18針縫い、背中に大きな痣が残った。
固まった血で耳が聞こえなくなっていた俺は
2ヶ月の自宅療養を余儀なくされた。

音が聞こえない。
相手が何を言っているのか判らない。
この恐怖心が、今の俺の会話好き音楽好きを決定付けたといっても間違いは無いだろう。

翌年、小学5年の冬。
俺は走る事に心血を注いでいた。
走ることは即ち「自分に負けない事」だった。
取り戻した『何事も我慢』という信念と、
恩人から受け継いだ『ゴミで終わりたくない』という反骨心、

加えて元々細身で身軽の割に歩幅が広かった事もあって中々の結果を出していた。

水も努力の末に克服して、
遠泳大会ではkm単位のコースで泳げる位にはなっていた。
カヌーやスキーも始めて、サッカーやバスケも夜に大人たちに混じって習った。

しかし、幼稚園から始めていた英会話だけはどうもうまくいかなかった。

走る者や泳ぐ者にとって肺は重要だ。
呼吸の仕方次第で確実に走れる距離が変わってくる。
ただ闇雲に手足を動かすだけでは「足掻いた」事にはならないのだ。

元々肺の弱かった俺は、それでも走る事をやめなかった。
早朝に希望者で行われるトレーニングも続けていたある日
俺は肺炎を拗らせて肋膜炎になっていた。
今では一般的に胸膜炎ともいう。

呼吸困難になった俺は毎日「走れない事」を歯噛みしながら点滴を打たれた。
数ヵ月後、自宅療養から復帰した俺は
遅れを取り戻すべく走る事を始めようとした。
しかし、ドクターストップがかかり挫折を余儀なくされる。

人生2度目の大きな挫折である。
自分の心は強く保てても、欠陥のある内臓だけはどうする事もできない。

走る事を生きる事に置き換えていた俺は
正直死にたい気分だったが、
「救われた命」を簡単に捨てる事は最もやってはいけない事だと思った。


数年後、中学生。
そこには何もかも斜に構えて見る少年がいた。
厭世的な考えはこの頃に抱いたのだろう。

それと同時に、『死』は俺から離れていった。
俺が死と友達な人生だったのは、1つを除き
思慮が足りなかったからだ。

よく考える事の大切さをこの時期に知った。

目的もなく、生きる事だけを与えられた俺は
唾を吐きながら機械の様に与えられていた事をこなすだけの人間だった。

緩やかに腐っていく中で、俺は哲学に興味を示す。

興味は生きる上で重要だ。
如何に相容れない存在でも、興味を持って理解しようとすれば
意外と違って見えるのだ。

哲学書や小説を読み漁る日々で、
『否定から始まるコミュニケーションは
子供だけに許される我侭なのだ』と俺は思った。

幸い『耐えながら笑うドM精神』と、好奇心が豊富な俺はそれでも
「いいぜ、生き抜いてやる」くらいには復活を果たした。


数少ない友人や、掛け替えの無い相棒との出会いに
運命や楽しむ事を知り、
数々の挫折や苦悩を経て今の俺はここにいる。

時折、虚無感が襲い掛かる。
その度に負けまいと笑顔を貼り付けて、人間らしく生きようとする。

そうだ、冗談を言うのは「本当の意味で生きる」為に必要な事だからだ。



目下、人生の最終目標は
「自分の存在を許す為に、世界を良い方向に変える事」

自分への強固な嫌悪感を変えたいならば、
すばらしい人間になるしかない。

すばらしい人間になりたければ
すばらしい事をするしかない。

なら、世界を変えるくらいは出来なければればいけないのだ。



などと、大見得切ったところで

ここまでの話が本当の話であるか、
それとも嘘の話であるか……

それは皆さんの想像にお任せする事にしよう。

↓曲紹介。
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(;'ω')

2012/01/12 02:45
エラーでin出来ないので暫くタル休止します。




みんな、ただいま。

2014/04/22 19:05
えー……約2年ぶりです。
nagAsuraです!!お久しぶりですねぇ……。
そもそもここをチェックする人はいるのだろうか。

いろいろありまして地元で馬車馬の如く働いていたわけですがようやく復活です。
この日の為に頑張ってきたと言っても過言ではない!!


こうしてみんなと無事再会できることを心より感謝します。

タルタロスはサービスを終了し、
その日をもやし愛好家のみんなと迎えることはできませんでしたが、

なんと今PSO2で活動しているそうじゃないですか!

というわけで俺もおいかける事にしましたっ!!!
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